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霜月九日。 [(詩)旧暦]

『えりあはおこった』

 えりあは激怒した。
 かの傍若無人な子とお話しするのを今後やめようと決意した。

     …………もう、なんなのあいつ!?
     偉そうに校閲するぜとか言っておきながら、連打で文章飛ばしやがっ……飛ばすなんて!
     ほんと、自己顕示欲が強い子、大っっっ嫌い!!
     このノートに名前を書いてやるんだから!

 “偉い人間”と“偉そうな人間”は違うのである。
 私たち自身がその人間を格上だと思っていれば何を言ってもその人間は“偉い人間”であるし、
 格下の人間だと思っていれば、何を言っていてもその人間は“偉そうな人間”なのである。

     だから中二病患者は嫌いなのら。
     どうせ、自己主張することしか考えていないんだから。
     そろそろDEAD ENDフラグ立ててやるぞこのやろー。

 文章の力は恐ろしく、見ようと思えばどれだけ時間が経っても見ることができる。
 文章は基本的に過去の事象しか表さないが、未来のことがわかったらどれだけの力を持つのか。
 デスノートだって、未来日記だって、強大な力を誇る。
 なぜなら、いままで文字が未来を表すことは基本的に無かったからだ……。
 しかし、それらのノートや日記と、いままでの文章にも共通点はある。
 それは、未来に何らかの影響を及ぼしているという点だ。

     私、文章は、書き手の魂がこもったものだと信じてる。
     でも、現実は資本のために小説を書いたりするライターもいるんだ。
     それを嘆きはしないけれど。
     だからって、文字をぞんざいに扱っちゃいけない。
     魂を、あなたは簡単にゴミために捨てるの? それなら、相応の覚悟が必要だよ。
     人間、誰しも存在の否定はされたくないでしょ?

     平気なら良いんじゃないかな、迷惑かからなければ!
     読むなら読む、読まないなら読まない。
     魂に触れるには、相応の覚悟が必要なんだ。
     覚悟は、筆者を知るための努力でもある。
     多分、その覚悟の無い人間は古典を読んでも、
     早急に何かを得ようとする傲慢な精神のせいで、ただがっかりぴょんするだけ。

     しゃーない、しゃーない。
     あの子には心がないんだから。

 えりあはそう、自分に言い聞かせた。
 ほとんどの人には“心”があるんだということを信じるのを止めれば、楽になることはわかっているのに。
 ただ、信じないと何も想像も、創造もできない。
 結局、人は信じるしかない。

 そう考えたえりあは、セリヌンティウスが大人しくしてくれてることを信じて、妹の嫁いだ村で幸せに暮らす予定です。

     ……だから、文章を書き続けます。
     私のすぐ凹んじゃう“心”にエール。
     がんば。

     それに、どんなものでも創造に対して熱意を注ぐ人に、エールを送りたい。
     私のことどう思ってても良いから、ね、一緒にがんばろうって。

     …………私の文章を捨てた、あの子以外。
     ぷんすか。


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